だいじょうぶですか、野田さん! [社会問題]
「政治生命をかける。不退転の気持ちだ。すべてをささげていきたい」
第180回通常国会が始まる前、野田佳彦首相は日経インタビューに対し、増税に対する意気込みを熱く語った。そして1月24日、初日の施政方針演説ではその3分の1を消費税関連に費し、協議に応じない野党を痛烈に批判した。消費税増税の実現に向けて、首相は全力を注いでいる。
さて。
面白い映像をユーチューブで見ました。テレビでも紹介された野田さんの街頭演説です。3分程度の短いものですが、思わず笑ってしまいました。まず冒頭から。
「政治家の殺し方」 中田宏著 [書評]
「政治家の殺し方」 著者中田宏 幻冬舎2011年10月25日発行
凄い題名だ(笑)。横浜市長だった中田宏氏が、当時週刊誌にデタラメな記事を書かれて追い込まれた。その経緯と政治活動の体験談を書きまとめた本である。中田氏は1998年に28歳の若さで衆議院議員に初当選し、37歳で横浜市長となって2002年4月から2009年7月28日(辞任表明)まで2期勤めた。この間、財政改革を実行して赤字決算の横浜市を黒字に変えることに成功した。しかし既得権益にメスを入れたために恨みを買ってしまう。政治家を抹殺するのに刃物は要らない、週刊誌に悪評を書かせ不信を広めて御臨終にしてやれ。仕掛けられたそのスキャンダル記事から紹介しよう。
浜離宮の放鷹術 [日記]
浜離宮の恒例お正月イベントである。
寒い中集まったお客さんは1000人
鷹匠5人が入場
まず、グルグルとゆっくり廻って神経質な鷹を慣らさせる。この後、高い木から鷹匠の腕へ止まらせたり、ハトを飛ばして捕まえさせたり、放鷹の技術を見せていく。が!遠方であったことと動きが速かったことで肝心の写真は撮れなかった。
希望者数名に鷹匠体験なども行って実演が終了すると、撮影用に近くまで来てくれる。
顔はかわいいが、足が怖い。

鷹匠の衣装もばっちり決まってる。半天(正確には絆取)をまとい、足は地下足袋に脚絆。江戸風情があって、鷹狩の歴史を感じさせる。
東京のお正月はまったくおだやかだ
高速道路の下でも花は咲く
鷹だけに鼻高々
おやじギャグで締めくくって今年も宜しくお願い致します
役者 勝新太郎 [映画]
カツシンの映画を初めて見たのは、子供の頃テレビで放映された「兵隊やくざ」だった。陳腐な題名に悪い予感がしたが、強引で大袈裟な芝居が目立つばかりだった。その後テレビで見かけても、その自己陶酔型演技に興味が持てず、実兄の若山富三郎の方がはるかに上手くて迫力があるとよく思ったものだ。その二人も亡くなって随分と経つ。
先日、彼の当たり役となった座頭市シリーズの第一作「座頭市物語」を見てみた。なかなかに良い。居合抜きの達人、盲目の座頭市がとあるヤクザ一家に草鞋を脱ぐが、敵対する組の剣客(天知茂)と懇意になってしまうという話で、二人の会話が生き生きとしているので最後の対決で感情移入できて盛り上がる。勝は抑え目の演技で主役でありながら出番は少なく、無理がない。ヤクザをはっきりと悪く描いている点が特に良く、渡世人への憐憫の情が湧くようにもできており、シリーズ化されたのがよくわかる。勝という人には誰にも真似できない独特の艶っぽさがあり、これがよくにじみ出ている。続いて「悪名」も観た。これもヒットしてシリーズ化された。昭和初期、酒は飲めないが女にはもてる、喧嘩がめっぽう強い朝吉(勝)が、モートルの貞(田宮二郎)を従えてなじみの女を抜けさせようと地廻りのヤクザ相手に奮闘する物語。勝も田宮も共演の中村玉緒も、若いこと、若いこと(笑)。原作はケンカ坊主で知られた今東光だが、彼も酒が飲めず、河内の住職を務めていた。田宮の河内弁がこれでもかというぐらい炸裂し、勝は着流しが良く似合う。実に目の動かし方が色っぽい。どうも良い時代を見逃していたようだ。勝はこの作品が封切られた1962年の一年間に13本の映画に出演していた。
カツシンと言うと、豪放磊落というのが一般的イメージだろう。私も長く単純にそう見ていた。小堺一機さん等がよく語ったように、まさに勝伝説というべき素行が実際多かったようだ。倉本聡氏(脚本家)の文章を引用しよう。
「勝ちゃんと逢う時は常に酒があった。それも尋常な飲み方ではない。レミーマルタンの封を切り、アイスペールの氷の上にいきなりドクドクと全部瓶ごと移してしまう。そして廻し飲み。同席者はまったく脈略なし。古いつき合いの者、今さっき出逢っただけの者。女たち。仕事関係、ヤア様関係、全員平等分け隔てなし。その中で常に全員に気を使い、しかし話題はあくまで芝居のこと演技のこと。そして延々朝に到る」(「愚者の旅 わがドラマ放浪」より)
業界でも人気があったそうだが、この分け隔てなしという点によるものだろうか。松平健さんは勝の弟子で、優れた映画を観て好い処で酒を飲んで勉強しろとよく言われ、お金も渡されたという。ある時、記者が大勢いる所で勝が突然に「松平!」と大声で怒鳴りちらし、一瞬空気が張り詰めた。何のことかと付き人だった松平さんは訳がわからず、オロオロした。
後でこそっと、
「あれで新聞記者たち、名前憶えたからな」
勝は松平さんのスター性を見抜いていた。今や時代劇の主役を務められる数少ない俳優となった松平さんを思えば、勝の観る目は正しかった。新人俳優が大勢いる所でいきなり誰かの胸倉をつかみ、目ん玉をぎらつかせて「テメエこの野郎!」、横を向いて静かに、「これが芝居だ」
こういう虚構を日常から行って-それが勝伝説になるのだろうが-仕事お構い無しに常にフィクションを作り出す、根っからの演技者だった。逢っていきなり芝居の話を何十分も独演会のように話し続けたりして、「創る狂気を教わった気がする」と倉本氏は書いている。
黒沢明監督の「影武者」は、勝が当初主役を務めた。記者会見で二人は上機嫌だったが、撮影が始まると勝が自分の演技を映像でチェックしたいと言い出し、監督ともめてしまう。「俺はクロサワだ」と言われて、「俺はカツシンだ」とやり返す。「監督が二人いてもしょうがない」(黒沢談)ということで、勝は主役を降り、常連の仲代達矢が代わりに主役を演じる。黒沢初のカラー時代劇という事もあって予想通り映画はヒットし、当時の邦画歴代興行収入1位に躍り出る。日本以上に海外での評価が黒沢は高い。特にこの作品はコッポラやルーカスが海外配給に力を注いでいたから、主役を演じていたら世界的に知られる俳優になっただろう。しかし世界のクロサワを勝は蹴った。
影武者を降板して2年経った頃、勝プロダクションが倒産する。テレビの対談で、「安っぽいものは駄目なんだ、道具でもなんでも本物で創らなきゃ」、そう勝が熱っぽく語っていたのを憶えている。
「途中経過であれこれいってもしょうがねぇ。男ってのは死んだ時、赤字か黒字か決まるんだ」
雑誌シティロードのインタビューだったと思うが、そんな趣旨の発言もしていた。
その後麻薬で逮捕され、それがどうしたといった態度で世間のヒンシュクを買い、映画製作でトラブルも起きた。そうして1997年、65歳で亡くなる。ガンだった。
しばらくすると、様々な勝伝説を奥様や芸人が面白可笑しく語り出した。そして、たけしさんが思慕を込めて「座頭市」を作った。愛弟子であった松平さんが勝の代表作であった座頭市を舞台で演じる。その姿に在りし日の勝を思わぬ人はいないだろう。知らない人にもカツシンの座頭市という言葉が残る。彼は借金を残したが、その役者人生は大黒字だった。
金も、勲章も、何もいらない。酔い続け、しゃべり続け、休む事無く演じ続けてこの世を去った勝新太郎。ガンにかかった記者会見で、煙草を止めたと言いながらプカプカ煙草を吸っていた。役も映画も超越したような俳優だった。
梅の花 [日記]
♪梅は~咲いたか~桜はまだかいなぁ♪
鼻を近づけると、梅の香りが漂う浜離宮の梅林
隣りにある菜の花畑はすでに満開で花粉が舞い散る。高い脚立に座った植木屋さんのくしゃみが静かな庭園に響き渡っていた。
(撮影2011.3.6)
夢大陸と副島隆彦 [社会問題]
1月15日、夢大陸の社長原千春が逮捕された。原を含めた3人が容疑を認め、すでに起こされた民事訴訟も敗訴している。植草一秀がブログで「偏向していない真実追求型」「経済の真相を伝えるメディア」と紹介した夢大陸は、金欲しさに嘘の経済情報を流した詐欺会社であったことが明らかとなった。植草は夢大陸が発行する冊子に経済評論を書き、夢大陸のセミナー講師を務め、夢大陸主催の動画で対談を行っていた。
原は文芸社から「MUSE」という本をだいぶ前に出していて、その168ページに副島隆彦が文を寄せている。
「原知遥(千春)さんは、才能あふれるすばらしい女性である。彼女のどの点がすばらしいかと問われると、なにものにも動じないで自分の信じるところをひたすら素直に正直に受け入れ、誠実に生きようとする。その態度がすがすがしいのである。
わたしは言論人であり、これまでにたくさんの「危ない本」を書いてきた。今の日本の社会では、まだまだ人前で語ることがはばかれるような政治問題を含んだ危険な内容の本ばかりを私は書いてきた。それなのに、原知遥さんは私の本をたいへんおもしろいと評価してくれている。普通の、ありきたりの女性企業家たちには、とてもあり得ないことである。私はたいへん驚いている。私はこの一点で原さんを信頼し、親しくおつきあいしている。さらに彼女は、これまでの型にはまった女性像を打ち壊して女性が主体の公共放送ビジネスに、全身全霊を傾けて打ち込んでいる。このひたむきな姿は、やがて人々の感動を呼び、支持者を多く増やすだろう。女性であるがゆえに、既成の制約だらけの放送業界にあって、創意に満ちた番組作りができるし、かつそれを実際に実行し実現している点が私たちの驚きである。
原知遥さんは、自分の固い信念とすぐれた感覚を信じて、今新しい風をこの国に呼び起こしつつある」
全国の人からお金をだまし取った女詐欺師が「誠実に生きようとする女性」「すがすがしい」だと(笑)。FM放送を利用してデタラメな経済情報を広く流し、ありもしない外債を買わせたのに「公共放送ビジネスに全身全霊を傾けて打ち込んでいる」。原は集めた投資資金を私的に流用して高級ブランドを買い漁り、家宅捜査を受けた後も被害者を煙に巻いて真摯な対応をとらず、温泉地の高級旅館を渡り歩いていたという最低の人間だった。何でもシャネルの愛好家らしく、「Tシャツから普段着まですべてシャネル、家宅捜査でシャネルの口紅が200本出てきた」(毎日新聞)という。こんな女がすがすがしいとは、副島が無責任でいい加減な人間であることがよくわかるだろう。それにしても原千春、植草一秀、副島隆彦。どういうつながりなのか。悪が悪を呼ぶのだろうか。詐欺師と組んで仕事をしている連中が偉そうに国家を語っているとはまったくのお笑い草である。
芸能人に遭遇 [日記]
曲がった道を歩いていると、先に交差点が見えてきた。そのまま進んでいくと、交差点の右手からカメラや音声の機材を持った人たちが続々と現れ、角を曲がって私と同じ方向に進んでいく。これはテレビの撮影隊だと思い、先頭に並んで歩く3人を早足に追い越して振り向いてみた。おお、タモリさん!サングラスを掛けている。当たり前だ。しきりに何か話しているが、私は幅のある道路の左歩道を、タモリさんたちは右側を歩いている為、まったく聞こえなかった。後で調べてみるとNHKの「ブラタモ」の撮影であることがわかった。
スタッフは15人以上いたと思う。閑静な住宅街を物干しのように長い棒を持つ人、肩にカメラを担ぐ人、手ぶらの人、タモリさんの後ろを大名行列のようにぞろぞろと歩く。しかし口をきく人は誰一人いない。あれだけの人が歩きながら、シーンとしているのは異様なものである。テレビではスタッフの笑い声がよく入るが、スタッフの話がマイクに入ったら番組にならず、現場では当然沈黙を守っている。すべらない話、笑える話と銘打っても、実際のスタジオは冷えきっていることだろう。現在は信じられないほどにお笑い番組が多い。しかしそんなにおもしろい話が毎日々々起こるわけもなく、出演者が懸命に笑い、効果音の笑い声で盛り上げでもしないと、芸人さんも対応しきれない。今の番組は見る人の孤独を解消する演出しかほどこさない。ただただ、ざわざわしている。ニタリとする、クスクス笑ってしまう、そういうシーンは最早ない。実際にはあるが、爆笑の効果音で潰してしまう。録音した笑い声を強引に流す番組が多い中、タモリさんの笑いは無理なく自然で素晴らしい。タモリさんに会ったのだから良い事があるかもしれない、などと調子のいいことを思ったが、何のこともなく一日が過ぎていった。
尖閣諸島沖の衝突ビデオを見て [日記]
9月7日、中国漁船が尖閣諸島沖で操業を行い、停船命令を聞かなかったことから日本の巡視船がこれを逮捕、船長は取り調べを受けた後に処分保留で釈放された。漁船が意図的にぶつかってきたと日本政府が主張する一方、中国側はこの地域の領有権を主張することから態度を硬化させ、情報の無い大陸では小規模なデモも繰り返された。現場の様子を写したビデオを政府は非公開としたが、批判を浴びて国会議員に公開した。その映像が今月初め突如ユーチューブに流されて、大騒ぎとなった今日この頃である。
それで、私もテレビで見た。想像した通り、たいした映像で無かった。けが人が出るようなショッキングなものでも、拳銃を連射するような過激なものでもない。船と船がゴン、とぶつかっただけの話である。政府はこの映像を約7分と短く編集した上で特定の議員だけに見せ、しかも放映する時は議員から携帯を回収するほどの厳重さだった。その3日後、44分に及ぶ原物の映像が世界各国で閲覧されて、民放各社が連日テレビで放映したものだから日本国民のほとんどが見終えてしまったとは、随分と間の抜けた話である。
しかし最も間抜けな事はこの程度の映像を隠したという事実だろう。ビデオは船がぶつかった状況を写しただけに過ぎず、日本側に落ち度もない。しかし国際問題になりながらこれを公開しなかった。中国の顔色が気になって仕方がなく、問題になりそうな事はとにかく蓋をしておけ、という発想である。実際、中国はどういう反応を示したか。「憂慮する」という極めて短いコメントを出しただけだった。そんなものだろう。日本に非が無いというより、中国漁船に悪意があったのが明白なのだから。中国漁船がスピードを上げて近づき、船頭を巡視船の船尾にぶつけ、舵を右に切って逃げた様子がはっきり映っている。ゆっくり歩いている人の後ろへ走ってぶつかり、そのまま逃げたのと同じで、これでゴネたら他国から批判を浴びること必死、この映像が日本に不利に働くわけがない。呆れるほどのことなかれ主義である。
領土問題は非常に難しいし、大国との経済・文化的繋がりは重要で、慎重を期すことは理解できる。幼稚な右翼論はいらないし、中国には大いにゆっくり発展して頂いてけっこうだ。そういうことは別にして、頂けないのはこういう日本の保守的、閉鎖的姿勢である。これは政治家に限ったことでなく、我々日本人の体質といえる。龍馬人気が根強いのはそういうタイプが日本では稀有であることによる。会議大好き、仲良く談合で決めるのが日本人である。自分の考えやデータで決めず、支持団体や国民の顔色を見て右に左に、そして方向を失う。先日も八ッ場ダムの中止棚上げが報じられた。
11月11日、オバマ大統領は胡錦濤国家主席とソウルで会談した。同行筋によると会談は予定を上回る1時間20分に及び、大統領は人民元の切り上げや中国の人権政策に絡む表現の自由、政治犯の釈放を強く求めたと報じられている。中国側も反論して白熱したらしい。同月13日、菅首相は胡錦濤国家主席と横浜で会談したが、その内容は「戦略的互恵で一致」という何の事を言っているのか、訳のわからぬものだった。首脳会談の前に急きょ設定されたこの形式的な会談はわずか22分で終了した。「平成維新だ」と勇ましい事を言うが、実際にやっている事はこの程度である。草場の陰で勤王の志士が泣いているだろう。
海外特派員 [映画]
ヒッチコックと言ったらミステリーだが、この作品は娯楽性が非常に高く、見てびっくりした。
第二次世界大戦前夜、ニューヨークの新聞社社長パワーズは欧州から情報が入ってこず、イライラしていた。いつ大戦が勃発するのか、緊迫が続く欧州なのに送られてくるのは「特になし」の電報ばかり。ロクな記者がいない、ということで強盗を捕まえたことがある実践派、ジョニー・ジョーンズ記者を新たに派遣することに決めた。まず戦争のカギを握ると言われるオランダの外交官、ヴァン・メアに接近するよう命じる。
ジョーンズは船で霧のロンドンへ向かい、そこでヴァン・メアに一度会う。次にアムステルダムへ飛び、彼が講演をする前にインタビューをするが、質問した目の前で殺害されてしまう。犯人を追って言葉の通じないオランダを駆け回り、敵のアジトに潜入し、ミステリーの大御所にしては随分と活劇調だ。変な薬を飲まされてヴァン・メアが朦朧としたり、巨大な風車を利用したトリックなど、見ていると彼らしい場面が次々出てきた。悪人に追われ、ホテルの窓から外に抜けだしてまたイギリスに戻り、恋人と一緒に事件を追って、調べてみると仲間と思った人物が実は首謀者、高い塔から突き落とされそうになるわ、最後は飛行機に乗って犯人と一緒にアメリカに戻ると、話はどんどん転がっていく。更にこの飛行機が何と撃墜されて海に漂着する。荒波にもまれ、残骸にしがみ付くジョーンズと恋人のキャロル。スタートからは予想もできない展開に唖然とした。白黒時代のインディ・ジョーンズといった感じである。そしてこの映像がまた良くできている。飛行機が海に突っ込むと、大量の水が機長室の窓を割ってどっと入ってくるシーンは迫力があり、乗客が満水で溺れそうになる所も臨場感がある。1940年(昭和15年!)にこれだけの映像をよく造れたものである。ヒッチコックには脱帽した。
原題はforeign correspondent。何のことは無い、「海外の記者」。邦題の方がピンとくるが、海外特派員という言葉に改めて島国日本を感じる。ヒッチコックは昔から人気があってどんどん輸入されたはずだが、この作品は日本公開が1976年(昭和51年)である。同年に作られた「レベッカ」は戦後すぐの1951年に封切られて、この作品だけなぜこんなに遅れたのだろう。これほどの作品が長いこと未公開だったのも驚きである。
車を運転するシーンは風景画を使っていていかにも昔らしい映像だ。現代の車はドアの取っ手が右よりに付いていて、乗る時はドアが左手前へ開く。この映画に出てくる車はどれも逆である。取っ手が左に付いていて、ドアは左から右に半円を描く。妙に感心した。
映像は凝っているだけでなく、大変美しい。傘を持つ人が集まる中、議事堂の長く広い階段で要人が殺害されるシーンが素晴らしい。雨降るアムステルダムの街並み、逃げる犯人、無駄のない白黒映像が何とも言えずいい。随所にシャレも効いていて、hotel Europeに泊まったジョーンズが窓から抜け出す際に電飾看板を壊して、hot Europe (熱い欧州)になったり、気取ってアメリカで用意した帽子が複数の場面で連結したり、あの手この手で楽しませてくれる。初めから終わりまでサービス精神と工夫に満ち溢れているが、最後のシーンだけはどうも・・・。米国の国歌を強引に流し、ナショナリズムを高揚しようとしたのがミエミエで、ひいてしまう。戦時中の制作だから仕方ないのかもしれないが。いろいろな意味で歴史的と感じた作品だった。





















